本の内容:
「漢文講義」と銘打っていますが、漢文そのものの講義よりも、漢文教育はいかにあるべきかについて、著者の考えをのべた部分がメインになっています。
著者は、「漢文こそ日本の古典」であると主張します。ここでいう漢文とは、日本漢文のことではなく、四書五経・二十四史など中国の古典のことです。これらの古典を、私たちの祖先は訓読法というすばらしい方法を考案して、読解してきました。訓読法を通じて、中国古典はわが国の古典となったのです。
訓読法を用いれば、どんな漢文でも読解できる。中国語で読まなければ漢文の本当の意味は分からないというのは、大きなまちがいである。著者はこの大きな確信のもと、中国からの留学生にも訓読法を教えこみ、彼らもその有効性を理解したといいます。現在、大学の漢文学講座では、中国語による直読と訓読法を併用するのが一般的になっているようですが、著者がここまで訓読法の優位をいいきれるのは、自身の経験にもとづく、訓読法に対する絶対的な自信があるからなのです。
また、純和文の古典でも、漢文口調の影響があるため、漢文を学んでいなければ読解に支障を来たします。著者は『方丈記』の実例をあげて、国語の根幹に漢文があることを示しています。
わが国の古典といえば、和文作品だけがとりあげられており、漢文作品は、『懐風藻』などの古代作品以外は無視されてきたことは、全く不当です。そして、江戸文学といえば近松・西鶴・馬琴等の庶民文学のことで、漢文学作品は漢詩以外はまったく無視され、古典全集等にも入っておりません。著者はこれに対する不満を述べ、『日本外史』等の文学的価値を高く評価すべき時が来ていると書いています。私たち日本漢文愛好者にとって、うれしい一言です。日本漢文の文学的価値を顕彰する仕事は、私たち後学の者がやってゆかなければなりません。僭越ながら、このサイトもその一助になればと願っております。
2001年9月9日公開。